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Fukushima50(映画)のロケ地・撮影場所は福島や長野、千葉、横田基地!渡辺謙目撃情報も

2011年3月11日に発生した東日本大震災。

2020年3月11日で、発生から9年が経ちます。

震災だけでなく、福島第一原発事故も連日緊迫した報道が続いていました。

福島第一原発事故の関係者90人以上への取材をもとに綴られた、ジャーナリストの門田隆将さんのノンフィクション『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』を原作に、現場では何が起きていたのかを描いたのが、『Fukushima 50』です。

そこで今回は、映画『Fukushima50』のあらすじや舞台となる福島や長野県の諏訪のロケ地目撃情報についてまとめていきたいと思います。




 

Fukushima50(映画)のあらすじ

2011年3月11日、午後2時46分、マグニチュード9.0、最大震度7という大きな地震が起こりました。

日本の観測史上最大の地震となった東日本大震災です。

福島第一原子量発電所の原子炉の冷却機能が停止し、その後原子炉爆発事故が発生します。

その後、3月15日には原子炉4号機の爆発が発生、放射性物質が飛散した可能性があるために、作業員のほとんどが避難しました。

しかし、現場には約50名の作業員が被害を食い止めるために残りました。

 

その原子力発電所に残って対応したその約50人の作業員のことを、世界のメディアは「Fukushima50(フクシマフィフティ)」と呼びました。

16日朝まで現場に残り、放射線量から一時避難しましたが、再び現場へと戻ります。

彼らの行動は、命がけの行動であったことをメディアは報じました。

現場では一体何が起こっていたか。

あの時何が起こっていたのか、死を覚悟して残った作業員たちの知られざる真実が明らかになります。

 

Fukushima50(映画)のロケ地・撮影場所は福島と長野、東京のどこ?

映画『Fukushima50』は、福島県、長野県、米軍横田基地などで撮影されました。

撮影現場には、当時の福島第一原子力発電所の吉田所長の近くにいた人たちも見学に訪れていたそうで、主演の渡辺謙さんは吉田所長の人となりを徹底的に尋ねていたそうです。

そのせいか、見学に来ていた人たちからは

「背中の曲がり方や首の動きが吉田所長にそっくり。後ろ姿は本人かと思うほどで、のりうつったかのようだ」

と口々に感動していたそうですよ。

福島県富岡町:夜ノ森

帰還困難区域でロケをしたのは初めてのことだったんですね。

エンディングには見事な桜並木が映りました。

長野県諏訪市:旧東洋バルヴ イベントホール

原発事故の“リアル”を追求することにこだわったそうで、津波に襲われた原発屋外の様子や原発施設も巨大セットで正確に再現し、撮影が行われたそうです。




東京都福生市:米軍横田基地

米軍が行った被災地支援の「トモダチ作戦」も描かれ、米側の安全保障チームとの交渉の末、米軍の協力が実現し、米軍横田基地を日本映画で初めてロケ地として使用できたそうです。

施設内の会議室で作戦会議シーンも再現され、支援に向かう場面では、米軍所有のヘリを実際に飛ばし、リアリティーも満点!

米兵もエキストラとして参加しました。

自衛隊の要人輸送ヘリも使用され、総理役の佐野史郎さんが乗り込んで福島第1原発を訪問するシーンも撮影したそうですよ。

東京都日野市:明星大学

内閣総理大臣や官房長官などが話し合いシーンに使われていました。

ここでは、佐野史郎さん、金田明夫さん、段田安則さん、伊藤正之さんなどの目撃情報も。

茨城県つくば市:つくば国際会議場

エキストラの募集もあり、ここでは、首相官邸危機管理センターの撮影が行われたようです。

千葉県木更津市:木更津クリーンセンター

木更津では、自衛隊によるヘリが飛んでいるシーンの撮影も行われました。

まとめ

映画『Fukushima5』のあらすじや、福島県や長野県、千葉県などの撮影場所をご紹介しました。

「もうこんなに経ったのか」「まだ復興が終わっていないのに」と観る人の気持ちは様々だと思いますが、ひとつの記録として「あの時何が起きたのか」ということを知っておくべきだと思える映画ですね。